STORY
突然、街に火があがった。
「何事じゃ!?」
悲鳴と爆発音がこだまして街の人々も、シュガー含めそこに居る人々にも、一瞬で緊張が走った。
同時にシュトゥルムは笑いながら身体を起こした。ソルトはそれに気づくと、シュトゥルムの身体を一瞬で押し倒した。
「てめえ、街に火をッ!?」
「頭ぁ使え。奪えるモンは、城にしか無い訳ねえだろう?」
「略奪だってェのか・・・!」
「俺たちゃ、俺たちらしくやるだけだ!」
シュトゥルムは力に任せてソルトを跳ね除け、城の方へと走りだした。
「混乱と暴虐こそが、海賊の本分だぁ!」
「待ちやがれッ!」
「自慢の船が無事だと思うんじゃねえぞ!」
「!!」
シュトゥルムのその一言で、ソルトは飛び出そうと逸った足をぐっと堪えた。
「ソルトっ、アタイの、アタイの船が・・・」
「くっ・・・」
葛藤するソルトを尻目に、シュトゥルムは走り去ってしまう。ソルトの強く握り締めた拳を、駆け寄ったランはめいいっぱい引いた。
「ソルト、船に戻るぞ!皆が心配じゃ。アタイの船もどうなっていることか・・・」
シュガーは、火に包まれている町を見て、泣き出しそうになるのをぐっと堪えていた。
わたしたちの街が燃えている。今日の今さっきまで平和だった、メルティシアの街が・・・。
街の皆は、お父様は、お母様は、ジムルドはーーー
シュガーは思わず飛び出した。この火を鎮めることは出来なくても、わたしには―――。
「わたし、謡いに行かなきゃ。皆を助けなきゃ・・・!」
少しでも、わたしに出来ることがあるのならと、飛び出したシュガーだがその身体は呆気なくソルトに取られてしまった。
「待て!逃がさねぇぞ」
「離して!街が、皆が・・・。わたし、謡いにいかなきゃ!」
「・・・謌?」
目を丸くして、ソルトはシュガーの顔を捉えた。
「ソルト!何をもたついておる!そんな小娘いつでも捕らえられるであろう!」
「謡うと、どうなるってんだ?」
焦るランを気にも留めず、ソルトはシュガーの身体を引き寄せた。
改めて近くで捉えた"あの謌の海賊”の姿は、海賊というより無邪気な少年のようで、張り詰めていた緊張が少しだけほぐれた。
「癒しの力があるの。わたしの謌で、人の傷を治したりすることが・・・」
「何だって!?そんなすげえ謌を謡えるのか!?」
興味深々でシュガーに意識を向けるソルトは、ついにランの逆鱗に触れてしまった。
「貴様ら撃つぞ!遊んでいる暇は無いのじゃ」
大筒の先が頬を小突いていても、ソルトは笑顔を崩さなかった。
「ラン、先に行っていてくれ。俺ァ、ちょっと考えがあるんだ」
「考えじゃと?」
ソルトの強気な言葉にランは眉をひそめた。訝しげなランとは対象に、ソルトの目は輝きを増している。
「それよりも船が・・・」
「俺たちの船員に、お前も居れば大丈夫だ。後は頼んだぜ!」
笑顔ながらも断固としたソルトの様子に、ランもついに心が折れたようだった。
「・・・阿呆が。早く戻るのじゃぞ!」
ランが走り去るのを見送ると、シュガーはソルトのほうを向き直した。
「あなたの言ってる、考えって・・・」
「ん?ああ、助けるんだよ。街を丸ごとな」
「えっ・・・?」
この人は何をいっているのだろう。海賊ならば町を襲いにきたのでは?シュガーは困惑していた。
もしかしたらこの人は、悪い海賊ではないのかもしれない。
そんなシュガーの思いを知ってか知らずか、ソルトは不敵な笑みを浮かべた。
「俺も謌が好きでさ。まァ、俺のは癒しの力とかは無くて、ただ声がでかいだけなんだけど」
「・・・城から・・・たぶんあなたの謌が聴こえたの」
シュガーの言葉を聞いて考えの先にある"何か"を確信したソルトは、二ッと笑った。
「城まで聴こえてたのか!なら、出来るだろ。俺の謌で街に居る全員の注意を引き付けて、その隙にお前が癒しの謌を謡うんだ」
「えっ、そんな大人数、一斉に癒したことなんて・・・」
「やったこと無いなら、出来るかもしれねェってことだろ?」
そう言い放つソルトに、シュガーはあの謌を聴いたときと同じ力が湧いてくるような不思議な感覚がした。
王宮でもこんなに興味をそそられる人に会うことは無かった。わたしを捕らえようとしている海賊の言葉ではあるが、もっと彼の考えや彼の言葉に耳を傾けてもいいのではないか、そう思えてしまった。
「やるだけやったろうぜ。な?」
「・・・うん!」
そこに信憑性があるかなど、もはやどうだって良かった。まさに、『やるだけやったれ』である。